タニばあちゃん

新国 勇
河北新報 計数管 2001年4月19日(木曜日)掲載
 馬場タニというおばあちゃんがいる。だれもが「タニばあちゃん」と親しみを込めて呼ぶ。山深い奥会津は福島県只見町の、塩ノ岐という集落に暮らして九十五年になる。日露戦争の翌年、一九〇五年の生れだ。
 タニばあちゃんは、どこにでもいるふつうの農家のおばあちゃんだった。ところが七年前、本を自費出版してから、生活が一変した。「タニばあちゃんのざっと昔」。覚えていた三十五話の昔話を書きため、息子さんがワープロを打って印刷製本した本である。これが新聞やテレビで取り上げられ、話題を読んだ。注文が殺到し、これまでに二回も増刷した。
 子どもたちが大好きで、保育所や学校でたびたび語る。昔話に郷愁を寄せる人々の間でも有名となり、遠方からの講演依頼にもでかけていって喝采を浴びてくる。わざわざ県外から訪ねてくる人も多い。今では福島県で、もっとも正統的な話者といわれるほどになった。タニばあちゃんにとって昔話はなくてはならないもの、生きがいにもなっている。
 タニばあちゃんの語りは、少し早口だ。でも、穏やかでやさしい。テレビ版日本むかし話のような演技力はない。淡々として素朴。寒い冬の夜、ふとんの中で抱かれてて聞くような居心地の良さが身上だ。これが昔話の原点だろう。
 本を作るとき、お手伝いする機会があった。それからは孫のようで友人のような付き合いをさせてもらっている。人が大好きで、帰るときには、ギュッと手を握り、「また来てけろな」という。
 タニばあちゃんを慕うファンは多い。一緒にいるだけで心が安らぐのである。
 なぜ、タニばあちゃんのまわりには人が集まるのだろう。まず観音様のような柔和な笑顔に引き込まれる。そして、おばあちゃんの謙虚で人に感謝する心に接して、素直な気持ちを呼び覚まされる。「みんなのおかげで、今までやってこられた。ありがとう。また、これからも頼みます」
 演技ではなく、人柄がでてこそほんとうの昔語り。タニばあちゃんの人気の秘密はそんなところにあるのかも知れない。


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